にじいろBridge

Sydney ハーバーブリッジ から 浅草 吾妻橋 まで

夢を追い求めオーストラリアで勉強をする

いよいよ旦那さんの学生生活が始まる。

同級生は30代の旦那さんに対してほぼみんな10代もしくは20代前半。

数日のうちに、シンガポール出身のインド人カップルと仲良くなって、授業の後も一緒に出かけるようになった。

彼らはよく見かけるインド人とは違ってドレッドにまああの当時で言うBファッション。

でも中身はすごく素直で、男の子の方は夢がインターポールで働くこと。

この子たちだけではなく、他の同級生もみんな夢を持って、オーストラリアに留学してきていた。

フィリピンから来ていたいつも成績トップの女の子は、国に帰って自分の国を良くしたい。

などほとんどアジアからの留学生だったけど、「オーストラリアに永住したいから」と言う子は少数派であったと思う。

こんなに若いのに自分の幸せを求めて来るんじゃなくて何かや誰かの役に立つ人になりたいという思いを抱えての留学。

果たして私達が10代の頃にそんな事を考れるほどマチュアであっただろうか?

と反省してしまう。

 

日本でなんの苦労もなく過ごしてきて、海の向こうの生活を体験したいとか、英語を習いたいとかそういうレベルでなはない。彼らは国では多分裕福なうちの子、でもそれが故に家族のビジネスや母国の事を考える立場にある環境に育ったんだろう。こう言った自分以外の何かを背負ってる子達との交流ができ共に学び未来を考えると言う体験は本当に貴重であったのだと思う。

この学校のこのコースを進めてくれたエージェントさんとここへ導いてくれたすべてのチカラにまたまた感謝である。